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別にいいじゃん

仕事のこととか考えたこととか色々

学歴詐称と合理的無知仮説

雑談

headlines.yahoo.co.jp


最近、学歴詐称の話が流行ってるので今日はそのことを。

巷では、「学歴だけで人を判断してはいけない」とか「評価する人間の問題だ」とか言われていますね。

「学歴だけで人を判断してはいけない」というのは本当にそうだと思いますけども、そういう教訓のようなありがたい話じみたまとめ方にはなんだか違和感を感じます。


僕はこれからも学歴で人を判断する風潮は変わらないと思いますしそのメカニズムも考えてみたのでこれから説明してみたいと思います。


合理的無知仮説とは


合理的無知仮説というのは、ざっくり説明すると
「知っておいた方が良い事柄だとしても、その情報を得るためのコストパフォーマンスを考えて意図的に無知のままでいる」というものです。


具体例で言うと、政治における選挙の候補者選択とかですね。
例えば、投票先の選択って党の政策であるとか候補者の人柄、まで全て知ったうえで全ての選択肢を比較して決めるのが究極の理想なんだと思うんですけども、なかなかそこまでやっている人はいません。

色々理由はあるにせよ、合理的無知仮説に基づいて考えるなら情報を得るコストが高い割りにその投票から得られるメリットが少ないということで説明されます。

まあそうですよね。
各党のマニフェストを全部正しく理解したうえで読み比べるというだけでも大変なのに、その人柄まで知ろうと思うと党の集会とかにまで足を運ばないといけません。
政治好きな人ならばそこまでするんでしょうけども、普通に働いて普通に暮らしている人からしたらそんなことをするのはかなりの負担になる基本的にはそこまでしません。


だから、「とりあえず何となく名前を知っている人」とか「とりあえず○○党」みたいなかんじで投票をしてしまう。(仕方のないことなんですが)
それに、その人たちは「○○党だからと言って必ずしも優秀な政治家とは限らない」ということもきっとわかっているうえで投票をしているんです。
全ての情報を網羅して精査する手間はかけられないから、「とりあえず○○党の人は期待に応えてくれるはずだ」とみなす。



僕が「やっぱり学歴で人を判断してはいけないんだ」という話に違和感を感じるのは、そんなことはみんな分かったうえで学歴で人を判断していると考えるからなのだと思います。
なので「学歴で人を判断できると心から信じている人たちが過ちを犯した」というような語り口はなんだかずれているような気がします。(そういう人ももちろんいるんでしょうけども)

分かっていてもそうしてしまう理由を考えない限りこの話は先に進まないと思いますし、僕はその理由は合理的無知仮説にあるんじゃないか、と考えているわけです。

学歴詐称と合理的無知仮説


合理的無知仮説の説明をしたので学歴詐称がなぜまかり通るかを分かるようになったと思います。

一言でまとめると、
人の素養は人柄を網羅的に判断して精査するのはコストがかかりすぎるからわかりやすい経歴や実績で人を判断するのが合理的だと考えられているから、というところだと思います。

報道の世界では信頼が大切ですからショーンさんは失脚してしまいましたけども、怪しいジャーナリスト、コラムニストみたいなのがうじゃうじゃいる世界であの地位にまで上り詰めたのはすごいことなんじゃないでしょうか。


彼に対する批判は色々あるでしょうけども、本当に学歴で人を判断しない人ならば
学歴詐称は問題だが、彼の発言や実績は○○だった」という風に、人柄と行動や発言の類を分けて考えていくべきだろう、と思います。




これからも学歴で人を判断する風潮は変わらないだろうと、冒頭で僕は言いましたけどもそういう世の中を変えていくためには「その人の本質を見るようにしよう」という精神論ではなくて合理的無知の壁を乗り越えていく必要があるのではないか、と考えます。


「年上だからっていい人とは限らない」「後輩だからと言って自分より劣っているとは限らない」「偉い人らしいけども本当にどのあたりがすごいのかは自分で調べて実物を見て考えるようにしなければ」
ということを常に考えながら過ごすことに近いのでなかなか大変ですけども、要は「暫定的に○○とみなす」ということを無くしていくということはそういうことんなんじゃないか、と。


いずれにせよ、今回の件の問題の落としどころを「学歴で人を判断できると思い込んでいる人たち」ではなくて「学歴だけで人を判断できないということをわかっているのに学歴で判断してしまうメカニズム」とみなしていくことは大切なんじゃないか、と思います。

プログレバンドELPのキース・エマーソンさんが亡くなったらしい

音楽

www3.nhk.or.jp


僕はにわかプログレ好きなんですが、Twitterでこのニュースを知ってびっくりしました。

ELPというのは「エマーソン・レイク&パーマー」の略で文字通りエマーソンとレイクとパーマーの3人で結成されたバンドです。

70年代に活躍していたバンドでキーボードとベースとドラムというギターなしの編成の変わったバンドです。

キングクリムゾン、ピンクフロイド、イエス、ジェネシスと並んでプログレ5台バンドと言われるぐらいプログレ界の大御所で、僕の大好きなドリムシもELPをかなりリスペクトしているようです。



僕とELPの出会いはドリムシのアルバムについてたライナーノーツで、その中のドリムシがリスペクトしているバンド達のところでした。
そこに載っていたバンドは大体1周してELPで最初に聞いたのがタルカスでした。


Tarkus

Tarkus


1度見たら忘れられないださジャケ(笑) 昔の特撮みたい。
プログレの有名どころはけっこうインパクトのあるジャケ画多いですよね。
クリムゾンの宮殿然り、イエスのこわれもの然り。ピンクフロイドの狂気はお洒落。



ジャケはあれですが中身はなかなか素晴らしいです。
複雑な曲調とキーボードごり押しなところがすごく好きです。
ギターの音がないバンドというのはなかなか新鮮ですよね。
20分ぐらいの曲なんですがあっさり聞けてしまう。




おまけですが、少し前にジョジョのアニメを見ていたんですが、そこに出てくる黒騎士ブラフォードとタルカスって完全にELP含めたプログレ界隈から持ってきてるみたいですね。
タルカスは紹介した通りELPのアルバムです。

ブラフォードはクリムゾン、イエス、ジェネシスなんかで活躍してたビル・ブルーフォードから取っているようです。
ドラムのことはあんまりわからないんですが偉大なドラマーランキング上位になるぐらいすごい人とのこと。

仗助が使うクレイジーダイヤモンドはピンクフロイドの曲ですし、
5部はそんなに詳しくないですがキングクリムゾンはプログレバンド、その技のエピタフはクリムゾンの曲ですね。
これもしっとり系で良曲です。




僕もまだまだにわかなんですが、プログレは聞いていて面白いので興味のある方はぜひ聞いてみてください。

メタルとかプログレ好きだとあんまり同じような趣味の人がいないのが寂しかったりはします(^^;


ではでは。



Tarkus - Emerson, Lake & Palmer [1971] (HD)

面白いブログってどういうものだろう

ブログ 雑談

こんばんは。

「最近ブログはつまらなくなった」と大御所ブロガーさんがおっしゃっているのをよく見かけます。
僕自身、最近ブログを始めたばかりなのでそういう話をするに値しないみたいなのもあるんですが、ちょっと色々書いてみようと思います。

無個性なブログ達

つまらない理由としてよく挙げられているのは、マネタイズとテンプレ化のことですね。
ブログで稼ごうとする人達が増えたことというよりかは初心者でも簡単に稼げるようなテンプレ記事がたくさんあることがやり玉に挙がっているように感じます。


まあ自分自信そういうテンプレっぽいものを使うことがあるし、テンプレ記事の中にも面白いものがあるからそれが嫌いかというとそういうわけでもないのですが、「個性が無い」「どれも同じようなもの」という指摘には僕も同じことを思います。
みんなやたらと「○○なたった1つの理由」を語りたがるし。


「無個性で何が悪い」と言われるとそれまでなんですが、(別に僕は無個性でもいいと思ってるけども)
ブログで稼ぐための最短ルートがテンプレ化である以上テンプレに人が集まるのは仕方のないことだと思うんですよね。


個性的で面白い人ももちろん稼げるんだろうけどもそういうのはやっぱりたくさん努力して地道に積み上げたものの結果だから、テンプレの方が楽に誰でも稼げるという意味で効率的なんだと思います。
そもそも目指しているところが違うんでしょう。


個性的で面白いブログにしたい、ということが目標になっている人がどれだけいるのかは疑問だし気になるところではありますよね。
面白いブログが1日2日でできるわけでもないし、今あんまり評価されてないような人もいつか覚醒するかもしれませんけどね。

僕のブログ観


ブログやってる身分で言うのもあれですがブログってそもそも面白いもの、面白くあるべきものだと思っていません。

僕はブログでお金稼ぎをしていないのでPVも広告も気にしてないし、好きなことを好きなように書いてるだけでして僕のブログを他人が見て面白いと思うかなんて突き詰めるとどうでもいいんですよね。
反応が来たり波長が合うような人がいればラッキー、ぐらいの気持ち。

だから、僕のブログは面白くないといわれても当然だし、別に面白いと思ってもらうために努力する意味もないのです。
自分が好きなことを書いてそれが楽しければそれでOK。



人のブログを見るのもけっこう好きだけども、みんながみんな面白いことや役立つことを書いてるとも思わないし別に面白くなくてもブログなんてそういうものだと思っているので正直何とも。
これも面白いものを見つけたらラッキー、ぐらいの気持ち。


逆に、みんながみんな面白い記事を書こうと躍起になってたらそれはそれで気持ち悪いですからね。
「たった1つの理由系」とか「笑えるエピソード」とか「ものの紹介」とか色々あるけども、面白そうなものは読む、そうでもないものはさくっと読むかスルーする、という感じでしています。

だから、僕は「ブログなんて面白くなくて当然」だと思いつつもそれなりに読むのも書くのも楽しめています。



まあでも、こういうのはブログへの期待値が低かったり熱意や愛があまりないからこそできるものなのかもしれません。


はてな界とかブログのあるべき論を語る人は、それなりの期間ブログをしてきてその上で界隈全体のあるべき姿を考えて意見してるわけですからすごいな、と思います。
僕なんか、自分が楽しめたらそんな大局的な話はどうでもいいと思ってますからね。
内容への賛否はケースバイケースではありますが、こういう大局的な目線をもったブロガーさんはすごいなあ、といつも思います。


僕が面白いと思うブログ

最後にこういうブログが好き、ってのだけ書いて終わります。


別にテンプレブログが嫌いなわけでもなくて(そんな嫌いなブログとかもないけども)
その人らしさみたいなのが出ているブログは全体的に好きです。
テンプレ系でも中身に新しい知見があれば十分面白いし。


でも、1番好きなのは雑記っぽいかんじでその人の個性とか背景みたいなのが反映されてるやつですかね。
オピニオン記事というのかもしれませんけども。
けっこうアクの強いものが好きで書いてる本人が「こんなこと書いていいのか」「誰が興味あるんだろう」と思ってそうなレベルのものが逆にツボだったりします。


無個性ブログについても触れましたけども、僕はそういう濃いところにこそ本当の個性みたいなのが宿ってる気がするんですよね。
そういうものが時間と経験を通して昇華されていったのが個性派人気ブロガーなんじゃないか、と思っているのでそういうブログが好きですしけっこう応援しています。




まあそんなかんじです。

こんな風にだらだらとつまらないことをかけるのもプロにせずアフィもしないブログのメリットだと思います(笑)


ではでは。

自分らしさとオリジナリティ

雑談


どうもこんばんは。

僕がゆとり世代なのもありますけども、「個性を伸ばそう」とか「自分らしい生き方」みたいなものをよく見かけますしそういうものが生きていく上で大切なのだとよく言われています。

僕もそうだと思いますけども、なんだかそれで逆に行きづらさを感じている人もいるように感じます。

今日はそういうことについて書いてみたいと思います。



自分らしさ

ざっくり定義すると自分の価値観に沿ったこと、自分に合っていることのことだと思います。
人それぞれ違うバックボーンがあって、それぞれ好きなもの嫌いなものがあるということですね。

自分らしく生きる、ということはそういう価値観に沿って生きるということですね。
自分の価値観を把握したうえで苦手なこと嫌いなことを最小化し好きなこと得意なことを最大化する。

就活とかでもこういう枠組みで将来のことを考える人が多いと思いますし色んな生き方がある今の世の中でこういう考え方で選択肢を絞っていくのはそれなりに合理的だと思います。
自分の価値観を正確に知るというところがスタート地点なのにそれが1番難しいんですけどね。

幸せに決まった形はありませんから、人それぞれその人にとって良い生き方をできると幸せだろう、というのは妥当な議論だと思います。


オリジナリティ

一方で難しいのはこっち。
日本語で定義すると、独自性とか唯一無二性になるんでしょうか。
他人とは違う自分であること、他人より優れていること、そういうことだと考えます。


なんだか、世の中には自分らしくあることを他人とは違う存在であることと考えて苦悩している人が多いんじゃないか、ということを思います。

大学や就職のときには「他の人ができないようなことを」「誰も思いつかなかったようなことを」「誰とも違う自分らしさを」みたいな言葉をよく聞きました。
もちろんそういうものを追求するのは世の中から見ると良いことだと思いますし、実現できるとその人にとっても価値のあることになるだろうと思います。


が、そういうものを目指すことで逆に苦しんでいる人も一定数いるんじゃないか、と。
就活において、身の回りの学生はみんな競合ですからその人たちと比べて自分はどうか、その人達にできないことを自分はできるかという目線があるのは戦略として大切なことではあります。

ただ、そういう強迫観念みたいなものが人を苦しめている側面もあると思っていて「人に比べて優れているところなんてないし・・・」みたいなことで悩んでいる人をよく見かけます。
これは1人の人間の人生として考えたときにあまり良いことではないような気がします。

自分が好きなこと、ストレスなく夢中になれることみたいなそういう物事さえ自分の中で見つかればそんなに競合とかは気にしなくてもいいんじゃないか、ということを思います。



「お前の代わりなんていくらでもいるんだ」というのはブラック企業の話でよく聞きますが、これはけっこう正しいと思います。(発言としてどうかということはありますが)
どうしても代えが効かない世界なんて高度に専門化されたところみたいな超トップ層ぐらいにしかないんじゃないかと僕は思っています

この会社に就職しないと自分は幸せになれないなんてことはほぼほぼないでしょうし、この学生を取れなかったら大きな損失になるとか会社が傾くみたいな話もあんまりないでしょう。
良くも悪くも所詮は新卒の学生1人ごときの次元の話ですからね。



人間って自分は特別な存在でありたいとか人に認められたいということを思いがちで、その結果他人に比べて何かしらすごい存在になるとか唯一無二みたいなものを目指したがると思うんですけども、そういう考え方で生きるのは大変だな、と。
もちろんそういうのを目指すのもいいことだし、自分もそうなれるといいなということを思ったりはしますが。


そもそも、唯一無二の存在になるってかなり傲慢な話だと思うんですよね。
自分にしかできない、みたいなことを目指すって世の中にいる何千万、何億という人が比較対象なわけです。
実現できるとすごいんですけども、そのための努力量とモチベを天秤にかけてしんどい思いをしている人が多そうな印象。
逆に、大したことないのに唯一無二ぶってる人は観測範囲が狭いだけなんじゃないか、と。


何か良いアイデアを思い付いたとしても変におごらずに、
自分と同じようなことを考えてた人がいるかもしれないけども面白そうだからやってみよう、と思うようにするというか。
そういう風に他社との比較ではなく自分の価値観重視で生きた方が気楽だと思います。

地球以外に生物が存在する惑星は見つかっていない、という問いに答えるのは簡単ですけども
地球以外に生物が存在できる惑星は存在しない、という問いに現段階で答えるのは難しいですよね。

自分は他の人と違う唯一無二の存在なんだ、ということは後者の問いに断言で答えるようなものだと思うんですよね。
そりゃ人間1人1人違うと言えばそうなんですが、就活生とかブログとかビジネスマンとかそういうフレームの中で唯一無二を名乗るのは勇気が要ることですよね。


■まとめ

自分らしさを大切にする生き方は幸せへの近道だと思いますし、別に自分らしさがありふれているものでも他人と大して変わらなくてもいいんじゃないか、と。
本当の意味での唯一無二になるための労力はすさまじいですから相当な覚悟がないとそういう存在にはなれないと思った方がいいと思います。(もしくは観測範囲を狭めてお山の大将になるか。)

日本中が注目するような何かしらの大物にならなくてもきっと幸せになれますし、むしろみんながみんなそういう立身出世みたいなものを目指していたらそれこそ無個性です。


自分みたいな人間は他にもいくらでもいるんだ、ぐらいの気持ちで好きなように生きた方が幸福感に対するコスパが良いと思いますね。

上司や会社に期待しすぎないこと

雑談

みるおかさんの記事言及。
これから社会人になる身分なので、こういう仕事の話は気になりますし勉強になります。


教える教わるという関係とか仕事観とかについて色々考えてみようと思います。
けっこう仕事している人目線でダメ上司を語るものはよく見ますが、僕は新卒目線ということで。

 

責任の所在と実害を被る人は違う

 
「親と上司は選べない」という言葉があるように上司がどんな人なのかはかなり運要素が強いと思います。
みるおかさんみたいな考えを持ってらっしゃる方が上司になるとほぼほぼ安全なんでしょうけど、必ずしもそうなるとも限らないのでそういうところを考慮して対策をしていかねば、というところです。
 
「始めはできなくて当然だから自分が教えてあげよう」「できないのは自分が十分に教えられていないからだ」という風に考えてもらえる環境に身を置けたとしたらラッキー、ぐらいの気持ちでいた方が無難そう。
 
 
じゃあ、ひどい上司に当たったときにどうするか、という話になりますが色々あるうちの1つにその人の助け無しでも仕事をできるようにする、というのがあると思います。
もちろん人間関係など諸々あるんでしょうけども他の人を頼るとか自分で勉強するとか、できることはおそらく0ではないでしょうし。
 
 
方法論の話は細かくなりすぎるので省きますが大切なのは、その環境の中で自分が生き残っていくことだと思いますし、(すぐ辞めるとかも一応あるけど)
そのための障害と適切に向き合っていくことだと思います。
 
 
まともに接してもらえなくて自分が何もできなかったり辛い思いをしたり、ということの原因や責任が上司の側にあるとしても実害を被るのは自分自身だということを考えると「上司がダメだから」という理由であらゆる不都合を片付けるのはあまりにも受動的な対応のように感じます。上司に自分の運命を委ねすぎているような感覚がするというか。(もちろん影響力は大きいでしょうが)
 
 
自分の人生が大切ならば、そういうはずれを引いた場合でもそれなりにやっていけるような手札を持っておいた方が良いな、ということを思いますしそのための1つが自分でできるようになること・そうなろうとすることなんじゃないか、と。
 
組織やそこにいる人間に身を委ねるばかりでは、その組織がダメだったときにすぐに引きずられることになってしまいそう。
そういう意味で期待はほどほどに、サポートをある程度受ける前提にはしつつもそれなりには自主的、主体的に動くということが大切だろうと思います。
 
 
 
 

「見て覚える」の意味を考える

 
ホリエモンと寿司職人の話は前から書きたいと思っていたので別記事でまた書いてみます。
 
 
 
言及元では上司が教育放棄のために悪用しているとされている「見て覚える」という慣習。
個人的には、好きな概念なのでそういう使われ方をしていて少し残念です。
 
 
もうこれは完全に想像の世界なんですが、本当は「見て覚える(学ぶ)」というのは、なんだか「よく観察すれば技術は身につけられるからがんばれ」という意味で使われているわけではないような気がするんですよね。
 
 
そういう技術の話ではなくて学び取る姿勢の大切さみたいなものを説いているんじゃないか、ということを考えたりします。
上手くなり方を上手くなるというか、日々色んなものから学ぶ姿勢、アンテナを身につけるというか。
 
同じ話を聞いても人によって学ぶことの質や量が違うように、「見て覚える」というのも師匠の姿を見て何を考え想像するのか、ということに関係があるんじゃないかと思うんです。
そういう自分への問いかけや学び方みたいなものを身につけるというか。技術と言うよりかは姿勢、心構えみたいなものですけども。
 
 
このご時世ですと、どうしても「見て覚える」というとスポーツや音楽なんかの技術を学ぶようなものを「見て覚えるもの」として認識しがちですけども、昔の職人さんが活躍していたような時代はもうちょっと深い何かがあったんじゃないかな、ということを思います。
 
 
 
 

まとめ

 
まただらだら書いてしまいましたが(笑)
 
「どれだけ教えても進歩しない」とか「教えてもらえないのでできない」「教え方が悪い」とかではなくて、教育みたいな話って本当は双方の歩み寄りで成り立つものだと思うんですよね。
教える側だけでなく学ぶ側の姿勢も含めて。
 
 
途中にも書いた通り責任の所在と実害を被る人は別ですから「上司が圧倒的に悪い」事例だったとしても自分が被害者であることは変わらないんですよね。
間違ったことはしていないけども敗者になるというかなんというか。
ですから、周りの環境が悪かったとしても自分は生き残れるやり方でやっていくしかないな、と。自分を守るというのはそういうことだと思います。
実際働くとそう簡単に行かないことも多いんでしょうけど(^^;
 
 
僕も今は仕事に備えて勉強とプログラミングを地道に頑張っていきます。
あと20日もしたら仕事が始まるとなると、思ってたより時間無いなと思います(笑)
 

映画「オデッセイ」を見てきました

趣味

おはようございます。
一昨日、大学で卒業者の発表があってその確認のついでに友達と遊んできました。(卒業も無事できていました)

そこで「オデッセイ」という映画を見てきたので感想を書いてみようと思います。(ネタバレ要素はできるだけなしでいきます。)




www.foxmovies-jp.com

CMも流れていますがHPはこれですね。
火星探索のとき1人だけ取り残されて次の救助が来るまで4年という中限られた資源と科学の力でサバイバルする、というかんじの内容です。



見てみた感想はばくっと言うと「良い話だけども思っていたほどでもない」でした。←
友達は「けっこう良かった」と言っていたのであくまで個人的な好みの問題なのだとは思いますが。




ネタバレがないように書くのはなかなか難しいんですが、なんとなく物足りなさ、刺さらなさを感じました。

火星に1人残されて孤独や死の恐怖と向き合う内面を描く、という観点でも
科学の力で問題をどんどん解決していくワクワク感、という観点でも
取り残したクルーやNASAを含んだ人間関係、絆、信頼関係、という観点でも
ストーリー自体はけっこう単純なんですが、シーンの展開が早くて薄く感じてしまうとか、切り口が多くて薄まるということを感じていてぐっとくるようなところがあまりありませんでした。

個人的には、どれでもいいからどこかしらの面にもうちょっと傾斜をかけて良かったのではと思うところ。年単位で火星で1人で過ごしていると精神的におかしくなるとか、もっとそういうものがあっても良かったかな、と。




もう少しいうと、なんとなく「アイアムレジェンド」を見たときの感覚に近いものがありました。
あの映画も孤独と向き合う男の話のようにPRしておいて実はパニック系だったのでなかなか期待値調整というか「想像と違う」という感覚を持ったのを覚えています。映画自体はそれなりに面白かったんですけども。(ワンコを殺すところはなかなかの鬱シーンでした)






あんまり個人的な評価はあまり高くないんですが、擁護するとしたらやっぱりこういう話は期待値調整が難しいというのがあると思います。
「オデッセイ」も「アイアムレジェンド」もPR時点では割と漠然とした世界観で想像できる幅が広いと思うんですよ。
あんまり枠組みを想像できないものだからこそイメージが自分の中で膨らむし、実物を見たときに「想像を超えていた」「思っていたほどでもなかった」という振れ幅も大きいんじゃないかな、と。



逆に、枠組みがある程度決まっているものは半分結論ありきで期待をしているところがあると思うんです。
ジェームズボンドやジェダイの騎士はなんだかんだで最後に勝つし、ミステリーではほぼ確実に犯人が見つかるし
ドラえもんも野原一家も困難を乗り越えていつも最後には友情とか家族愛の素晴らしさを語ってるんですよ。

けっこう頻繁にクレヨンしんちゃんは映画を出してますけども、その度に「今度こそ一家が分裂するんじゃ?」みたいな期待をして見に行く人ってあんまりいないと思います。
毎回家族が結束していい話をする、ということを見る側はなんとなくわかっていて実際にその通りの内容が上映されるというか。



まあ、これは映画に限った話でもありませんが。(悟空もジョースター家もいつも勝ちますからね)
そういう意味でこういう想像の幅が広いものは難しいな、と思います。



久しぶりに映画を見てこういうことを考えていました。
また何か面白そうなものがあったら見に行こうと思います



では。

ブログタイトル変えてみた

ブログ

こんばんは。
最近ブログサボりがちですね。

プログラミングの方をがっつりやっていてWebも絡めた機能なんかもちょこちょこ作れるようになってきたので伸びしろと成長速度がいいかんじで楽しいです。

ブログを始めて2か月とちょっと、振り返りとこれからみたいなことを書いてみます。

ブログタイトルを変えてみた

特に意味はないんですが(^^;
「別にいいじゃん」ってのはこのアイコン画像にもしているLINEスタンプのタイトルです。
ゆるいかんじでやろう、という意思表示も込めて。

レッテルというか自分のポジションみたいなのをあんまりおおっぴらにするの良くないなというのを前々から思っていてずっと前から変えたかったんですよね。
やっぱり若いと真面目なこと言ったときにそれだけでなめられることがあるとか、そういうのすごく嫌いで。。。
年功序列はクソだぜ」みたいなこと言って面接で落ちたことあるぐらい(^^;笑


もうちょっと良いアイコンとかタイトルとかあると思うんですけどもあんまり浮かばなくて。
また思いついたら変えます。


読者さんが200人弱も

いつぐらいからかわかりませんけども、記事を見て読者登録してくれる方が増えだしたような気がします。
同世代ブロガーが増えたのはなんだかんだで嬉しい。
基本的には僕も返すようにしているのでできてない方いらしたら教えてくださいm(_ _)m

別に面白いわけでもなく役に立つ知識とかでもなく、けっこうだらっとしたかんじで思うことを書いてるだけなのでそういうのを見て選んでもらえているってのはけっこう嬉しいですね。
お金が絡んでないのでPVとか収益も正直どうでもいいですし、今後も「まあそうだよなあ」「そういうのもあるよなあ」と思ってもらえるようなことを書いていくと思います。


あと、ブログにかける時間が最近少ないのであんまり読めてないですが、読めるときはきちんと読んでスターかブコメするようにしています。
これからもよろしくお願いします。

はてなプロと収益化

けっこう知り合いのブロガーさんでプロとかアドセンスとかしてる人多いんですけども、僕は今のところそんなにやる気ないです。
純粋に、プロにするお金がないというのもあるけども(笑)


お金が動くと謎の義務感とかもったいない精神みたいなのが働きそうなのがあんまり好きじゃなくて。
最近も、自分のしたいことをしようと思って生活してたら自ずとブログの優先順位が下がったわけですし別に心の底からブログ大好きってわけでもないんじゃないか、と。←

純粋に好きなもの楽しめるものに時間もお金も注ぎたいのでブログは当面こういうペースでいこうと思います。
仕事始まって生活のペースが定まってきたら色々変わると思うけども。
逆に、仕事始まるとネタが増えるかもしれませんし。


まあ、そんなかんじです。
ではでは。